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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)839号 判決 1964年6月24日

第八三五号事件控訴人・第八三九号事件被控訴人(被告) 国・大阪府知事

第八三五号事件被控訴人(原告) 久保田美英 外一名

第八三九号事件控訴人(原告) 細川信太郎

主文

一、第一審被告らの第一審原告久保田美英に対する控訴を却下し、第一審原告久保田美雄に対する控訴を棄却する。

二、第一審原告らの第一審被告らに対する各控訴を棄却する。

三、第一審原告らの第一審被告らに対する当審における各新訴を却下する。

四、控訴費用は第一審被告らの控訴によつて生じた部分は同被告らの、第一審原告らの控訴によつて生じた部分は同原告らの各負担とする。

事実

第一審被告国代理人は、第八三五号事件につき、「原判決中第一、二、三項はこれを取消す。被控訴人久保田美雄の訴を却下する。被控訴人両名のその余の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を、第一審被告大阪府知事代理人は、同事件につき、「原判決中第一、二項はこれを取消す」とするほか、右同旨の判決を求め、第一審被告ら各代理人は、第八三九号事件につき、「控訴人久保田美英の請求を棄却する。控訴人久保田美雄、同細川信太郎の控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、

第一審原告本人兼代理人久保田美英は、第八三五号事件につき、「控訴棄却」の判決を、第八三九号事件につき、「原判決主文中原告敗訴の部分を取消し、原判決を左の如く変更する。被控訴人大阪府知事は各控訴人に対し、原判決末尾添付物件目録記載の各土地につき行われた政府買収上の各行政行為の無効、即ち買収計画、公告、異議却下決定、裁決、承認、買収令書(その発行、交付共)の各無効を確認すべし。被控訴人大阪府知事は右各土地につき各控訴人との関係において行うた農林省取得登記の嘱託行為、訴外各土地の買受人との間に行うた農林省よりの移転登記の嘱託行為の各無効、従つてこれによりなされた買収、売渡の各登記の無効を確認し、原所有者である各控訴人に対し無効なる右各登記を抹消すべし。被控訴人国は各控訴人に対し、前記各土地につき行われた政府買収、政府売渡の各行政処分がいづれも無効なること、及び各控訴人において前記各土地を、買収計画設定以前同様現時もなおその所有権を保有することを確認し、かつ被控訴人大阪府知事において、前記各土地に関する前記各登記抹消をなすことを容認すべし。訴訟費用は第一、二審を通じ各被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張ならびに証拠の提出、援用、認否は、第一審被告ら各代理人において、

「一、原判決末尾添付物件目録第一の土地の所有者が第一審原告久保田美英でないとの原審における主張を撤回し、右土地の所有者が同原告であつて、同人に対する右土地の買収処分には何ら無効の瑕疵はなく、同原告の請求は棄却さるべきものであると主張する。

二、原判決末尾添付物件目録第三の(3)の土地は、同目録第三の(2)の田一反六畝一四歩の水田の東北部分九〇坪を、約三〇年前、訴外阪口米蔵が第一審原告細川信太郎の前所有者である久保田美英承諾の下に埋立てゝ宅地となし、住宅農業用施設等を建設したのであるが、その後さらにその南側三七坪を鍵形に埋立てて厩舎、納屋、通路等を増設したのである。ところで今次農地解放により、右阪口米蔵は大阪府中河内郡高安村大字万願寺字新町五四番地所在、田、一反一畝一六歩、外同大字地内の田五筆(以上六筆合計六反九畝歩)を国から売渡を受け、自創法第一五条に基く農業施設等の買受資格をえたので、昭和二四年四月頃同条第一項の規定に基き、前記宅地の買収申請を高安村農地委員会になしたのである。右宅地上には約三五坪の住宅とその付属施設、三坪の家畜舎、八坪の農具倉庫、一〇坪の農作物の収納調整倉庫があり、その他約四〇坪を米麦乾燥調整場として利用し、右売渡を受けた農地を経営するのに必要不可缺なものである。」と述べ、

第一審被告大阪府知事代理人において、「一、原判決は、原判決末尾添付物件目録第一の土地は、買収処分当時は実体法上も登記簿上も久保田美英の所有ではなく、久保田美雄の所有であつたにかゝわらず、久保田美英を所有者としてなした本件買収処分は当然無効であると判示しているが、原判決は第一の土地の当事者認定について次に述べる重大な誤りを犯している。(1)「訴状請求の趣旨」において「一、各被告は各原告の所有にかゝる左記各土地に対し……、物件の表示(末尾物件表の通り)、第一号物件表原告久保田美英所有」と記載されており、第一の土地の原告は久保田美英のみであることが明白であるにかゝわらず、原判決が主文第一、二項において久保田美雄もこの土地の原告であると認定していることは民事訴訟法第一八六条の法意に照らして違法な判決である。(2)右は、訴状請求の原因第五、各原告別買収の実体上の無効その一、久保田美英、久保田美雄関係の(1)項において、本件土地を久保田美英が久保田美雄に譲渡したと主張しているので、原判決第一、二項はこの主張及び乙第一〇号証の二に基いてなされたものであろうが、請求の趣旨と齟齬し、請求権利者と認められない原審相原告久保田美雄を民事訴訟法上の何らの手続も経ないで原告と認定してなした判決は、申立の範囲を逸脱した不適法な判決である。

二、仮に右主張が理由がないとしても、(1)久保田美雄は久保田美英の甥久保田猛(美英の兄亡久保田美清の庶子男)の長男で同一部落に居住していたが、登記簿に記載されているように、昭和二一年五月一日に美英が美雄にこの土地を売買した事実は到底うかがえない。(2)第一の土地は訴外亡寺島松次郎が大正時代から美英の小作人として賃借耕作し、小作料は毎年美英宅に納入していた。(3)第一の土地は、登記簿によれば、昭和二一年六月一日付で同年五月一日の売買を原因として美英から美雄に所有権移転登記がなされているが、小作人には何らの通知もなかつたので、その後も依然小作料を美英宅に持参納入していた。(4)小作地について所有権の移転があれば、当然当事者のいづれかから小作人に対しその旨を通知し、今後の小作関係について何らかの取りきめをなすべきであるにかゝわらず、そのようなことはなかつた。(5)農地解放は昭和二〇年一二月九日連合軍総司令部から日本政府に対して発せられた所謂「農民解放」指令に基いてなされたのである。美英はこの指令に基いて近く農地解放が行われることは必至であることを察知し、美雄が若年(大正一三年一一月一八日生)であること、自分が久保田一族の家長的地位にあることを利し、農地解放によつてうける被害をできるだけ少なくしようとして所有権を移転したことは、乙第一〇号証の二の記載、なかんずく農地買収の直前に「買戻の特約付売買」を行つて形式を取りつくろつていることにより容易に推認できるのである。さらにこのことは、前述のとおり訴状請求の趣旨において、美英自ら第一の土地は美英の所有であることを明記していることに徴して明白である。以上述べた事実、事由により、第一の土地の買収について実体法上所有権誤認の瑕疵があるとしても、その瑕疵は明白ではないというべきであり、従つて第一の土地に対する買収処分を当然無効であるとした原判決は取消さるべきである。」と述べ(証拠省略)たほか原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

理由

一、第一審原告らは当審において請求の趣旨を変更したので、先づ当審における審判の対象、範囲を明らかしておく。

(一)  第一審被告大阪府知事(以下単に被告知事と略称)に対するもの、

(イ)  原判決末尾添付物件目録記載第一の土地(以下単に第一の土地と略称)について第一審原告久保田美英、同久保田美雄(以下単に原告美英、原告美雄と略称)との関係で、同物件目録記載第二の土地(以下単に第二の土地と略称)について原告美雄との関係で、同物件目録記載第三の(1)、(2)、(3)の土地(以下単に第三の各土地と略称)について第一審原告細川信太郎(以下単に原告信太郎と略称)との関係で、それぞれ買収計画、公告、異議却下決定、裁決、承認、買収令書の発行交付の各無効確認を求める請求(買収令書の発行交付の無効確認請求は、買収処分の無効確認の請求と解する。該請求以外のものは、当審における新請求。原審における売渡処分無効確認の請求は取下げたものと認める)。

(ロ)  第一、第二、第三の各土地について、前同様の関係で、買収、売渡登記の嘱託行為、及びこれに基いてなされた買収、売渡登記の無効確認請求、ならびに右各登記の抹消手続の請求(登記嘱託行為の無効確認請求は当審における新請求)。

(二)  第一審被告国(以下単に被告国と略称)に対するもの、

(イ)  第一、第二、第三の各土地について、前同様の関係で、所有権の確認(但し第一の土地は原告美雄の所有であることの確認)を求める請求(控訴の趣旨には、所有権の確認を求めるほかに、買収、売渡処分の無効確認をも求める旨の記載があるけれども、元来買収、売渡処分に係る手続の効果の帰属する国に対する買収、売渡処分無効確認の請求は、結局該処分によつて表見上形成された法律効果を全面的に否定し、右の処分がなかつた場合と同様の現在の法律関係(所有権の帰属)の確定を求めることに帰着するから、買収売渡処分の無効確認というも、所有権の確認というも、結局同一の請求につき異つた表現をしたものにすぎないものと解するのが相当である。それ故控訴の趣旨の文言如何にかゝわらず、所有権確認の請求のほかに買収、売渡処分の無効確認なる別個独立の請求があるものとは解せず、所有権確認の請求に集約して判断する)。

(ロ)  第一、第二、第三の各土地について、前同様の関係で、被告知事において買収、売渡各登記の抹消をなすことを容認すべきことを求める請求(当審における新請求)。

(三)  以上の第一審原告等の請求につき、被告知事は、第一の土地の関係については原告美英の請求があるのみで、原告美雄の請求はない旨主張するけれども、原告美雄も第一の土地の真の所有権者であるとして、同土地について前掲の請求をしていることは、訴状及び控訴状の全趣旨によつて明瞭である。

従つて右主張は請求の趣旨を正解しないもので到底採用しえない。

二、被告らの原告美英に対する控訴の適否について。

被告らは原審において、原告美英に対する関係で「訴却下」の判決すなわち勝訴判決を得ているのであるから、同原告に対しては控訴の利益を有しない。(もつとも被告知事は形式上は同原告に対しても「請求棄却」の判決を求めているが、相被告国の答弁を全面的に援用しており(被告知事の答弁書参照)、被告国の答弁書には「原告久保田美英は第一土地の所有者ではないばかりではなく、何らの利害関係をも持たないものであるから、訴の利益がなく、同原告の訴は却下せらるべきものである」との記載があるから、その答弁内容から見て、原告美英に対する関係では、国と同様実体上の判決を求めた趣旨とは解せられない。従つて被告知事は「訴却下」の判決を得ることにより実質上勝訴の判決を得たものと認むべきである)。

よつて被告らの原告美英に対する控訴はいづれも不適法として却下すべきものである。

三、原告美英の被告らに対する控訴及び当審における新請求について。

原告美英の主張によれば、同原告はもと第一の土地の所有者であつたが昭和一五年頃これを原告美雄に譲渡し、所有権移転登記も完了し、本件買収処分当時既に同土地の所有ではなかつたというのであるから、たとえ誤つて同土地に対する買収処分の相手方とされたものであるとしても、これにより原告美英自身何ら法律上の権利を侵害されたものでないこと明らかであり、また本件は、行政処分によつて形成された法律効果を争うことがその相手方とされた者に限定されている場合にも該当しないから、結局同原告の本件訴(新訴を含め)はすべて、その主張自体から訴の利益を欠くものであることが明らかである。従つて同原告の訴を不適法として却下した原判決は相当で、控訴は理由なしとして棄却すべきものであり、当審における新訴は不適法として却下すべきものである。

四、原告美雄、同信太郎の被告らに対する控訴及び当審における新訴、被告の原告美雄に対する控訴(第一の土地関係のみ)について。

(一)  同原告らの被告知事に対する請求のうち、第一、第二、第三の各土地につきそれぞれ、買収計画、その公告、買収計画に対する異議却下決定、これに対する訴願裁決、買収計画の承認の各無効確認を求める部分、買収、売渡による登記嘱託行為、及びこれに基いてなされた買収、売渡による各登記の無効確認を求める部分、ならびに右買収、売渡による各登記の抹消手続を求める部分、被告国に対する請求のうち、右各土地につき被告知事において前記各登記の抹消をなすことを容認すべきことを求める部分は、左記理由により訴を不適法として却下すべきものである。

(イ)  買収計画の公告承認はいづれも独立して行政訴訟の対象となりえない。買収計画、これに対する異議却下決定、訴願裁決については、被告知事は処分庁でないからこれら行政処分の無効確認訴訟につき被告適格を有しない。

(ロ)  買収売渡による登記嘱託行為は行政庁内部間の行為で、それ自体直接外部に対して効力を生ずる行政処分ではないから、これに対する無効確認の請求訴訟は許されない。

(ハ)  買収、売渡処分が無効で、これに基く買収、売渡を原因とする登記が無効であるときは、その抹消登記手続を求むれば足り、独立して右登記無効確認の判決を求める格別の利益はないから、この請求は訴の利益を欠く。

(ニ)  買収による所有権取得登記の抹消請求は買収による法律効果の帰属主体である国に対してなすべく、また売渡による所有権移転登記の抹消請求は売渡により登記名義人となつた者に対してなすべきものであるから、被告知事は右各登記抹消請求訴訟につき被告適格を有しない。

(ホ)  買収、売渡処分が無効と判決された場合、知事が買収、売渡による各登記の抹消手続をするについては、別段国の容認を必要としないから、被告国に対し被告知事において本件買収、売渡による各登記の抹消をなすことを容認すべきことを求める原告らの請求は訴の利益がない。

(二)  そこで原告美雄、同信太郎の爾余の請求、すなわち被告知事に対し、第一、第二の土地について、原告美雄との関係で、第三の各土地について原告信太郎との関係で、買収処分の無効確認を求め、被告国に対し、第一、第二の土地が原告美雄の、第三の各土地が原告信太郎の所有であることの確認を求める請求の当否について考えるに、

大阪府中河内郡高安村農業委員会が、自作農創設特別措置法に基いて、昭和二七年七月第一の土地を原告美英の、第二の土地を原告美雄の、第三の各土地を原告信太郎の各所有として、第二四回買収計画及び第二八回売渡計画を立て右買収計画に対し各原告らより右農業委員会に異議の申立をしたが却下され、これに対し各原告らより大阪府農業委員会に訴願したが、訴願棄却の裁決があり、その後被告知事が右買収計画に基き、第一の土地については原告美英を、第二の土地については原告美雄を、第三の各土地については原告信太郎をそれぞれ相手方とし買収処分をなし、同原告らが同年八月三〇日それぞれ買収令書を受領したこと、右各土地につき前示売渡計画に基き売渡処分がなされたこと、右買収計画樹立当時第二の土地は原告美雄の、第三の各土地は原告信太郎の各所有であつたこと、第三の(3)の土地は自創法第一五条によりその余の土地は同法第三条により買収されたものであることは、いづれも当事者間に争がなく、

成立に争のない乙第一、二、四号証、第六号証の一、二、第九号証、第二二号証によれば、前示買収計画は昭和二七年七月一八日、買収の時期を同年九月一日として樹立され、同年七月二八日その公告がなされ、同日より同年八月七日まで書類の縦覧がなされたこと、右買収計画に対する各原告の異議申立に対し却下の決定がなされたのは同年八月一二日であり、これに対する各原告の訴願に対し棄却の裁決がなされたのは同月二八日であり、即日大阪府農業委員会によつて右買収計画が承認されたことを認めることができる。

(イ)  第一の土地に対する買収処分の効力について。

成立に争のない乙第一〇号証の二と、被告らが原審において本件買収計画樹立当時第一の土地が原告美雄の所有であることを認めて争わなかつた事実と、成立に争のない乙第一〇号証の一、二によれば本件第一、第二の土地につき、ともに昭和二一年六月一日付で原告美英より原告美雄に、同年五月一日の売買を原因として、向う一〇ケ年の買戻特約付の所有権移転登記がなされているところ、成立に争のない乙第一四、一五号証と弁論の全趣旨によれば、高安村農業委員会は、先に第一の土地につき昭和二三年四月九日、第二の土地につき昭和二二年一二月二七日、いづれも原告美英を所有者として買収及び売渡計画を樹立し、これに基き大阪府知事において買収、売渡処分をしたが、その後同知事において右各買収処分を買収の相手方を誤認してなした等の違法があるものとして取消したので、高安村農業委員会においても昭和二七年二月一三日右買収、売渡計画を取消し、その旨公告した事実があることが認められる点とに徴すると、本件第一の土地は、もと原告美英の所有であつたが、同人より原告美雄に譲渡し、昭和二一年六月一日前示所有権移転登記をなしたことを認めることができ(但し右譲渡日時が昭和一五年頃であつたことを認めるに足る確証はない)、被告らの全立証をもつてするも、右が仮装譲渡であつて、右登記後も依然美英が同土地の真の所有者であつたことを認めるに足りない。(成立に争のない乙第一〇号証の一ないし五によると、本件各土地については、同一日時に、同一日付の売買を原因として、同一買戻特約付の所有権移転登記がなされており、しかも第一、二の土地の買受人である原告美雄も、第三土地の買受人である原告信太郎も、ともに久保田美英の一族であることが弁論の全趣旨によつて明らかであるところ、被告らにおいて第二、第三の各土地の所有権移転についてはこれを真実のものと認めて美雄、信太郎を所有者として樹立された買収計画に基く買収処分を正当としながら、第一の土地についてのみ仮装譲渡であると主張し、美英を相手方とする買収処分が誤りでないことを固執するのは首尾一貫しないものであり、右の如く別異の取扱をなすことにつき首肯するに足る何らの根拠も見出しえない)。しかして自創法による買収処分が土地の所有者に対してなされなければならないことは昭和二〇年一一月二三日現在と農地買収計画を定める時期とにおいて所有者が異る農地であるとして、昭和二〇年一一月二三日現在の事実に基いて農地買収計画を定めた場合、いわゆる遡及買収の場合であつても同様であつて、昭和二〇年一一月二三日現在の所有者を被買収者とするのではなく、買収処分当時の所有者を被買収者としてなされなければならないものと解すべきであるから、本件第一の土地の買収が遡及買収であると否とにかゝわらず(もつとも、第一の土地の買収についてはそれが遡及買収であることの明確な主張はなく、また立証もないが)、同土地を原告美英の所有であるとして買収計画を立て、これに基き同人を被買収者としてなした買収処分は、所有者誤認の違法があるものというべく、右違法が本件買収処分における重大な瑕疵であることは多言を要しないし、また右瑕疵が客観的に明白であることは前認定の事実関係から明らかである。

そうすると、本件第一の土地の買収処分は当然無効であるといわなければならない。

被告知事は、美英と美雄との身分関係、美英より美雄に所有権移転がなされたことにつき小作人に何らの通知がなく、小作人は依然として美英宅に小作料を持参納入していたこと、美英が久保田一族の家長的地位にあるを利用し、農地解放を免れるため若年の美雄名義に買戻特約付売買の形式をとつて仮装売買を行つたものであることを推認することができること、本件訴状において美英自ら第一の土地が美英の所有であることを明記していることを理由として、仮に本件第一土地の買収につき所有者誤認の違法があつたとしても、その瑕疵は明白でなく、従つて買収処分は当然無効ではないと主張するけれども、美英と美雄の身分関係が同被告主張の如きものであり、また所有権の移転があつたことが小作人に通知されなかつたとしても、それだけでは瑕疵の明白性を否定する根拠となすに足らず、また所有権移転後も小作人が依然美英宅に小作料を持参納入していたとの事実は、これを認めるに足る確証なく(第一の土地を小作していたという当審証人寺島庄太郎の証言によるも、終戦後は実行組合が纒めて年貢を納入していたので年貢の領収証は貰つていなかつたというのであるから、終戦後も果して第一の土地の年貢が美英宅に納入されていたかどうか明らかでなく、却つて既に認定したように、第一の土地については先に昭和二三年四月九日一度買収、売渡計画が立てられ、買収、売渡処分がなされているから、少くともそれ以後においては美英に対し小作料は支払われていなかつたものと推認できる)、美英が農地解放を免れる手段として仮装売買をしたものと疑うに足る十分な根拠もないから、この点に関する被告の主張は憶測の域を出でず、訴状請求の趣旨の項に第一土地の所有者として久保田美英と記載してあるのは、同土地の買収の相手方を表示したものであつて、買収処分当時同土地が同人の所有であつたことを示したものでないことは訴状請求原因の記載を見れば一目瞭然であるから、被告主張の事実に基き瑕疵が明白でなかつたとなすことはできない。

しかして第一の土地の買収処分が無効である以上、これを前提とする同土地の売渡処分も当然無効であるから、同土地は依然原告美雄の所有に属するものと認めなければならない。

(ロ)  第二、第三の各土地に対する買収処分の効力について。

当裁判所は、第二、第三の各土地に付する買収処分には、原告美雄、同信太郎主張の如き無効事由は存しないものと認めるもので、その理由はすべて原判決理由(原判決理由三の(二)、(1)、(2)、(3)の部分)に掲げるところと同一であるから、ここにこれを引用する。

(三)  そうすると原告美雄、同信太郎の本訴請求中原告美雄において、被告知事に対し第一の土地の買収処分の無効確認と、被告国に対し同土地の所有権確認を求める請求部分は理由があり、正当として認容すべきも、原告美雄において第二の土地につき、原告信太郎において第三の各土地につき、被告知事に対し買収処分の無効確認と、被告国に対し所有権の確認を求める請求部分は理由なしとして棄却すべきものであり、同原告らのその余の請求はいずれも不適法として訴を却下すべきものであるから、結局これと同旨の原判決は相当で、同原告らより被告らに対する各控訴、及び被告らより原告美雄に対する控訴はいづれも理由なしとして棄却し、同原告らの当審における新請求部分についてはいづれも不適法として訴を却下すべきものである。

五、よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣久晃 宮川種一郎 奥村正策)

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